交通事故に遭いました
交通事故のこと
友人が事故に遭いました。
先日、僕の友人が交通事故にあったらしい。
友人は、知り合いの車の助手席に乗っていたのだが、なんでも右折しようと交差点へ入ったところへ、猛スピードの大型トラックが直進して突っ込んできたそうだ。事故後の車の写真(その友人の撮影による。携帯のカメラを使う余裕はあったらしい)を見せてもらったところ、車は見るも無残に大破していた。まったく本当によく生きてたな、と半ばあきれてしまうほどの大破っぷりであった。それどころか、そいつはピンピンしていて、自慢げに大破した車両を周りの人間に見せびらかしていた。
さて、何故友人がそんな事故に巻き込まれたのにも関わらずほぼ無傷だったかというと、これはひとえにシートベルトのおかげだったそうだ。負った傷といえば、シートベルトの締め付けによる肩から腰までの擦過傷と、割れた窓ガラスによる多少の切り傷程度。しかしそれ以上に、車そのものに対してかなりのトラウマを植えつけられたらしい。写真を周りに見せて回る余裕こそあったものの、その話をするときの彼は本当に怖がっていた。
もちろん、この友人のケースについては運が良かったということも大きいが、もしシートベルトをしていなければ、間違いなくそんな傷では済まなかっただろう。この話を聞いてからと言うもの、僕自身、車に乗る際は「シートベルトをしなければ」という意識を持つようになった。当然そんな話を聞かずともシートベルトはするべきなのだが、人間というのは自分の経験外のことについてはあまり危機感を持つことができない。それは仕方のないことで、どれだけ分かった気になって想像したところで、それはやはり想像の域を超えない。しかし今回の件については、身近な人間の話+事故車両を見せられてしまったこともあり、僕を含めて、周囲の人間みんなが恐怖を感じた。
皆さんはこの言葉をご存知だろうか。「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」。それなりに有名な言葉だと思うから、ご存知の方も多いかと思う。だがあえて説明するならば、そのまんま、である。じゃあ「経験からも学べないものは一体なんなんだ?」と僕なんかは考えたこともあるが、そこは気にしないで欲しい。ここで言いたいのはあくまで、「事故は恐ろしい」という事実を、経験した誰かの歴史を経て共有することで、みんなで気をつけようということである。先ほども述べたとおり、自分の経験外のことを意識することは人間にはとても難しい。だが、賢者ならば可能なのである。
みんなで賢者にはなろうではないか。みんなが賢者になるために、警察の皆様方も、取り締まり頑張ってください。マナーの悪い人を取り締まる、ということではなく、間接的な人命救助、と思って取り組んでいただけたら、取り締まる方もやりがいがあるのではないでしょうか。
ちなみに、先ほどの「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という言葉。僕自身は、このように解釈している。
自らの経験から確実に物事を学ぶことはできるが、経験しなければ物を知ることすらできない愚者は愚か者であり、歴史を学んだだけで物事を理解した気になっている賢者もやはり愚か者である。つまるところ、人間はみんな愚か者なのではないだろうか。
もちろん、そんなことを考えて時間を無為に過ごす自分だって、愚か者なのである。